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『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5, 2025 1 論文 広域言語地図をどう読むか 福嶋秩子 新潟県立大学 How to interpret macro-ranged linguistic maps FUKUSHIMA, Chitsuko University of Niigata Prefecture Abstract: The author was not familiar with how to interpret macro-ranged linguistic maps such as Linguistic Atlas of Asia, compared with dialect maps. The comments on ‘sun’ in Asia (Fukushima 2021) did not include maps illustrating semantic extensions and differentiation. The interpretation of ‘sibling systems’ in Asia and Africa (Fukushima 2024b) has been successful since they represent ‘linguistic patterns’ defined by Matras and Sakel (2007). The sibling systems are mapped using symbols, and the geographical distribution is utilized to interpret the order in which the system changes occurred. When working on variations of animal and plant names in Asia and Africa (Endo et al. 2024), representative forms are printed on the map without using symbols, while relevant lexical/morphological features are added using colors and/or symbols. The Atlas Linguarum Europae (Alinei et al. 1983) is consulted, and the importance of the semasiological approach and motivations is suggested. Finally, the semantic variation of ‘sun’ in Asia is reported based on Fukushima 2025. The motivational map of ‘sun’ in Asia includes basic meanings, etymological motivations, and different categorical systems. The semantic variation is shown in the maps of Asia and of each language/language group. The meaning of ‘day’ is distributed in Southeast Asia and also in the broad area of the Eurasia, and the other meanings/motivations are distributed nearby. The shift from polysemy to monosemy is illustrated with maps showing the semantic variation and the variation of compound forms. キーワード:広域言語地図;方言地図;言語パターン;意味;動機づけ Keywords: macro-ranged linguistic maps; dialect maps; linguistic pattern; meaning; motivation 福嶋秩子(2025) 「広域言語地図をどう読むか」『地理言語学研究』5: 1–31. doi: https://doi.org/10.5281/zenodo.17479398 本稿は、令和7年5月24日の第7回日本地理言語学会で講演として話した内容を文字化したものである。 以下の三つの共同研究の成果であり、科学研究費の支援を受けた。ここに記して謝意を表す。東京外国語大 学アジア・アフリカ言語文化研究所の2015-2017年度共同利用・共同研究課題「アジア地理言語学研究」 (jrp000210)、2020-2022年度共同利用・共同研究課題「アジア・アフリカ地理言語学研究」(jrp000256)、20252027年度AA研共同利用・共同研究課題「アジア地理言語学研究」(jrp000210)、科学研究費24K23937国際共 同研究加速基金(国際先導研究)「時空言語学」の創成:地理と歴史を融合した言語の変化と発展への新た なアプローチ。
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 2 1. はじめに 1.1. 方言地図 VS. 広域言語地図 私は学部学生の時以来ずっと方言地図の分析(解釈)を行ってきた。狭域の いわゆる「しらみつぶし調査」では、岩手県雫石/雫石・盛岡周辺、奄美徳之 島、出雲飯石郡中央部/三刀屋町/吉田村/佐田町/出雲西南部、中域の言語地図で は、中国地方五県言語地図、図説琉球語辞典、全国の言語地図では、日本言語 地図、方言文法全国地図、新日本言語地図、現代日本語方言大辞典について、 言語地図を描き解釈を行ったことがある。 一方、2015 年から、アジア言語地図(LAA)(2015–2017 年度共同研究)、 アジア・アフリカ言語地図(LAAA)I, II, III(2021–2023 年度共同研究)、ア フロ・ユーラシア言語地図(LAAEA)( 2025–2027 年度共同研究)の作成に関 わり、LAA では「太陽」、LAAA では、「きょうだい名の体系」「動植物名」 の分析に関わり、LAAEA では「月」のコーディネーターをすることになって いる。これらの言語地図を総称して「広域言語地図」と呼ぶことにする。 広域言語地図の解釈は、方言地図の解釈とは違う難しさがあることを実感し たので、それはどうしてか、どのようにして解釈すればよいのか、について考 えてみたい。 実は、方言地図であっても、その規模・射程によって解釈の難しさに違いが あるということを、グロータース神父が既に述べている。すなわち、鳥瞰的広 域言語地図と微細言語地図の違いである(グロータース 1976)。 ・微細言語地図とは、全集落の網羅的調査にもとづく言語地図に限られる。 (同上: 50) ・鳥瞰的広域言語地図の場合は、ほとんどが全国(正確には当該言語の使 用地域)を扱う。したがって、そこに現れる言語の流れは巨大なものであ り、歴史的にも深いものがあると考えられる。すなわち、考慮すべき歴史 的・地理的要因のスケールはきわめて大きなものとなる。(同上: 53) ・鳥瞰的広域言語地図を解釈するにあたって直面する問題は、はかりしれ ないほど広い範囲に及ぶ。(同上: 54) 鳥瞰的広域言語地図について述べられていることは、調査地域が広く多数の言 語・言語群を含む「広域言語地図」にすべてあてはまり、その言語の流れはさ らに巨大で、考慮すべき歴史的・地理的要因はさらに大きなものとなる、と考 えられる。
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 3 1.2. 解釈の手がかり 柴田武『言語地理学の方法』であげられた「言語史を構成する手がかり」(柴 田1968:27)は以下の8つである。 1 その語の地理的分布 a)隣接分布の原則 b)周辺分布の原則 2 異なる年齢層の地理的分布 3 他の語の地理的分布 4 理解語の地理的分布 5 物・事柄の地理的分布 6 話者の内省報告の地理的分布 a)新古の判断 b)語源解釈 7 同一地域社会内の年齢的分布 8 言語形式上の特徴 これらには、狭域のしらみつぶし調査で可能なもの、複数回調査で調査票が見 直されたり、グロットグラム調査や特定地点の全数調査などが企画実施された りして、はじめて利用できるものが含まれている。一方、「1その語の地理的 分布」「3他の語の地理的分布」「5物・事柄の地理的分布」「8言語形式上 の特徴」は、どのような言語地図であっても利用できるはずだ。 柴田武『言語地理学の方法』であげられた地理的分布の解釈に関わる二つの 原則は以下の二つであり、下に示すように説明されている(柴田 1968:29–37)。 1 隣接分布の原則 いま、A、B、Cの3集落が自然地理的に A―B―Cのような隣接関係にあり、 それぞれの集落に a、b、cという語があるとき、a、b、cの間の時間的前後関 係(歴史的順序)は、a→b→c c→b→a のいずれかである。(同上 29–30) 2 周辺分布の原則 集落(群)が A-B―Cと並んでいて、それぞれの集落に語 a、bがa-b-a と分布しているとき、一時代前には a-a-aであったと推定する原則である。 B集落(群)についていえば、かつて aだったのがbになったということであ る。(同上 32) 「周辺分布の原則」は柳田国男の方言周圏論の原則と同じであり、「古語は 辺境に残る」と同義である。これらの原則が広域言語地図でも通用するかとい うことが問題だが、柴田(1968: 32-34)では、大陸レベルの動植物の分布の解 釈がこの原則の説明であげられているので、広域言語地図でも通用する可能性 がある。 1.3. 言語的情報と地理的情報 広域言語地図の地理的分布解釈の前提として、言語的情報と地理的情報が必 要である。広域言語地図の場合、言語的情報としては、言語・言語群による違 いがまずあり、その中での地域的変種が存在する。多数の言語・言語群に関わ
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 4 るので、まず各言語・言語群における言語的情報とその分布状況について理解 しなければならない。さらに、言語・言語群の境界を越えて分布していると考 えられる言語的情報がないか、検討する必要がある。地理的情報については、 分布の解釈にあたって、地形、道路・街道や中心地の位置などをわかっている 必要がある。しかし、広域言語地図の場合、広すぎるため、分析者であるコー ディネーターが必ずしもよくわかっていない地域があるのではないか。少なく とも私は(東アジアを除いては)全く自信がなかった。加えて、解釈にあたっ ては、言語的情報と地理的情報がどのように重なり合うかのパターン認識が可 能となることが必須だが、項目数が少ない広域言語地図では地図の蓄積なしで の解釈が必要となる。方言地図の解釈の例を 1つあげる。 奄美徳之島には、東部の徳之島町、西部の天城町、南部の伊仙町の三町があ る。1976 年の徳之島言語地理学調査では、いくつもの言語地図が南東部の亀 津を中心とする語彙の分布のパターンを示し、三つの型があった。すなわち、 ①徳之島町内型、②天城進出型、③伊仙進出型である(柴田他 1977: 51)。図 1の「ネコ」の地図は、亀津 からの影響が徳之島町内に とどまった徳之島町内型の 分布を示す。ミャウとニャウ が徳之島町全域(最北の手々 と金見を除く)および町外の 開拓地(西部の2地点と山中 の1地点)に分布している。 開拓地はいずれも徳之島町 の住民が移り住んだところ であり、元の集落の語形を反 映している。マユはそれ以外 の地域に分布している。ニャ ウは亀津から徳之島町内に 飛び火的に広がっている。分 布からマユ>ミャウ>ニャ ウと変化したと解釈した。な お、マユ>ミャウの変化は音 位転換であり(maju>mjau)、 ミャウ>ニャウは語頭子音 の変化(m>n)である。この 解釈に従い、記号が選ばれた。 図 1 ネコ 出典:柴田他 (1977: 52) 矢印と地名を追加
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 5 2. アジア言語地図の「太陽」を読む アジア言語地図では、アジアにおける「太陽」の分布について解説を書いた (Fukushima 2021)。図 2が各言語・言語群の担当者が描いた地図を重ね合わ せた「太陽」の地図である。各言語・言語群毎に赤・橙・緑・青・茶・黒のう ち1色が割り当てられている。作図や重ね合わせには ArcGIS online を用いた。 以下の広域言語地図の作図も同様である。 解説の構成は以下のようになっていた。①分布の概要、②意味の拡張と分化 (Semantic extensions and differentiation)、③語形成パターンの伝播(Diffusion of word-formation patterns)、④敬語形と太陽信仰(Reverential forms and sun worship)。①には後掲の表 1、③には図 3、④には図 4をつけたが、②につい て地図は書かなかった。 ③で注目したのは、東南アジアを中心に分布する「目」+「日」複合語の分 布である(図 3)。④で注目したのは、東アジアを中心に分布する敬語形、東 南アジアから南アジアにかけて分布する神あるいは神の名前を用いた形式で ある(図 4)。いずれにおいても分布の存在以上のことに言及しなかった。 図 2 アジア言語地図の「太陽」 出典:Endo et al. (2021: 付録 Map 1)
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 6 ②でなぜ地図を描かなかったかというと、この解説を書いた時点では、意味 に関してどのような地図が描けるのか、どのようにして描けるのか、見当がつ かなかったというのが正直なところである。 また、①で表 1を示した。これは、単音節語が古く、二音節語や複合語がそ れより新しいと考えられる言語・言語群が目についたことからまとめたもので あるが、この表がどういうことを示すかについては言及していない。 図 3 「目」+「日」複合語の分布 出典:Fukushima (2021: 20) 図 4 敬語形の分布 出典:Fukushima (2021: 21) 分布を示す円を追加
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 7 3. アジア・アフリカ言語地図の「きょうだいの体系」を読む アジア・アフリカ言語地図の「きょうだいの体系」については、すっきりと 分布を読み解くことができた。それは、この項目が Matras and Sakel (2007)の 言うところの「言語パターン(linguistic pattern)」であったからである。linguistic pattern とlinguistic matter は接触言語学における用語である。Matras and Sakel (2007: 829–30)によると、系統の異なる言語が同じ言語形式をもつとき、それは 片方の言語から借用された語とみなされ、共通の linguistic matter をもってい るということになる。一方、異なる言語が同じ usage pattern(たとえば語彙の 表 1 単音節語が最も古いとされる言語・言語群 出典:Fukushima (2021: 18)
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 8 小体系のような)をもつとき、それは片方の言語から linguistic pattern が借用 され、受容言語の形態素で埋められたことになる。この usage pattern には語彙 の体系のみならず、文法体系や音韻体系もあてはまる。『地理言語学研究』4 号の特集において、アジア・アフリカ言語地図の「きょうだいの体系」「数詞 の体系」「閉鎖音の系列 (stop series)」「格配列のパターン (alignment patterns)」 について同じ方法で分析、地図を描画することができたのは、これらが言語パ ターンであったからである(Fukushima 2024a、2024b、Fukazawa 2024、Suzuki 2024、Shirai 2024)。「きょうだいの体系」では、出現が期待される体系が予 想できたため、表 2のように前もって記号を指定した。 タイプ 記号 タイプ名 relative age sex relative sex A 〇 Undifferentiated sibling type B ― Relative age type + C ▽ Skewed age type + + D □ Age/sex type ++ ++ E ◇ Sex type (Brother-sister type) + F Relative sex type + FB Relative sex/age type + + FC Relative sex/skewed age type + + + FD Relative sex/age/sex type ++ ++ + FE Relative sex/sex type + + 図5がアジア・アフリカ全体の重ね合わせ地図である。言語・言語群を越え て同じ記号が使われているので、分布の傾向が見えやすいことがわかる。しか し、すべての言語・言語群の地図のデータが提出されないとこの地図を見るこ とができなかった。そこで、重ね合わせ地図ができる前に全体の分布を概観し たいと思った時に思いついたのは、共同研究の研究会で発表された各言語・言 表 2 きょうだいの体系 タイプと記号 出典:Fukushima (2021: 3)
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 9 語群の地図に現れた各タイプの数をもとに計算した各タイプの割合(%)を使 うことだった。そこで、各言語・言語群における各タイプの割合(%)を円グ ラフで示した図7を(Fukushima 2023a)、次に、各タイプごとの割合(%)を 円の大きさで地図に示した図 8 – 13 を発表した(Fukushima 2023b, 2023c, 2023d)。 最後に、図 5の地図から各タイプの記号のみを残し他の記号を消す方法で作 成した、タイプ別の分布を示す図 14 – 19 を発表した(Fukushima 2024b)。 図 5 アジア・アフリカ言語地図 きょうだいの体系 出典:Fukushima (2024b: 148) 図 6 アジア・アフリカの言語・言 語群 出典:Endo et al. (2024: 183) 図 7 アジア・アフリカ言語地図の「きょう だいの体系」 出典: Fukushima (2023a: 5)
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 16 図 20 アジア・アフリカ言語地図 「ねずみ」 出典:Endo et al. (2024:185) 図 21 アジア・アフリカ言語地図 「鶏」 出典:Endo et al. (2024: 186)
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 17 5. ヨーロッパ言語地図を読む 広域言語地図の先駆であるヨーロッパ言語地図に学ぶべく、第 1冊の解説の冒 頭にある Alinei による Introduction を読んでみた。名称の分布を研究する onomasiology と意味の分布を研究する semasiology があるとあった(Alinei 1983: XX )。各項目の地図は名称の地図(onomasiological map )か意味の地図 (semasiological map)かのどちらである。地図や解説の冒頭にどちらの地図であ るか書いてあった。また、Alinei は、「太陽」や「月」は名称の地図だが、「月」 を担当した Brozović は記号の選択に命名の動機づけ(motivation)を反映している し、「太陽」を担当した Tuaillon は必要に応じ、命名の動機づけについての情報 を示している、と書いている(同上 XXVII)。また、動機づけの地図(motivational map)は、それが明らかであるか疑わしいかにかかわらず地図化されていて、複合 語が多い「虹」や「いなご・ばった」は何枚もの semasiological map が作られてい る(同上 XXIV)。なお、Del Giudice and Brun-Trigaud (2024)は、日本とフランス の方言地図について動機づけ(linguistic motivation)の観点から比較している。た とえば、「かまきり」の命名において、日本とフランスで共通のものがあったり、 その言語独自のものがあったりする。広域言語地図では、前節で示したように、 名称において共通のものを見出しにくいことから、意味の地図あるいは動機づけ の地図は疑いなく重要であると言えよう。 図 22 アジア・アフリカ言語地図 「馬」 出典:Endo et al. (2024: 188)
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 18 Tuaillon による「太陽」の解説を読むと、太陽は小さいものではないのに、指小 辞(diminutives) が使われていて、指小辞は「太陽 (the star of the day)」と「日 (day)」の区別をつけるのに役立つ、とあった(Tuaillon 1983: 5)。新しい名称 が作られるとき、意味の観点からの意義づけができることに気づいた。また、印 欧語では、「太陽(the star of the day)」のことだけ表しているが、ハンガリー語、 フィンランド語、チュルク語族などの言語では、「日光(the light of the day)や「 昼 間(the bright part of the 24 hours)」の意味も表していて、コーカサスの Nogai と いう言語では、“the eye of the day”という意味の複合語により「太陽」を表して いるそうだ(同上:7) 1。Tuaillon は、また、語源的動機づけ(etymological motivations) の中で一番多いのは「暑さ(heat)」であり、それ以外に「空(sky)」と「いい天 気(good weather)」があると述べている(同上:7)。動機づけにおいて、「語源 的動機づけ」を区別する必要がありそうだ。 意味の地図を描く重要性と、ある形態的変容(指小辞の付加、複合語の成立な ど)は、意味の限定(明確化)に役立つことを学んだ。 6. アジア言語地図の「太陽」を意味の観点から読み直す アジア言語地図の「太陽」について、意味に注目して地図を描き直し、第 6回 地理言語学国際会議(ICAG-6)で発表したので、ここで紹介したい(Fukushima 2025)。総合図の作成には、動植物名の地図で用いた言語・言語群ごとの特徴を 書き込んで示す方法を用いた。一方、それぞれの意味の地図化には、「きょうだ いの体系」の分析で最後にたどりついた方法、すなわち、総合図から関係のない 言語・言語群のデータや語形のデータを削除する方法を用いた。図はいずれも Fukushima(2025)で用いたものである。 6.1 「太陽」の基本的な意味 「太陽」の基本的な意味として以下の4つが考えられる。 • 太陽 sun/the star of the day ひがのぼる ‘the sun rises’ • 日光 sunlight(sunshine)/the light of the day ひがさしこむ ‘the sunlight shines into ...’ • 昼間 daytime/the bright time of the day ひがながくなる ‘the days gets longer’ • 日 day 約束のひ ‘the day of appointment’ 日本語の「ひ」には、これらの意味すべてがある。 1 2025年4月20日のアフロ・ユーラシア言語地図作成のための共同研究の研究発表会(福嶋2025)の後に、 ヨーロッパ言語地図におけるNogaiの用例について斎藤純男教授にお知らせしたところ、Nogai語の辞書で確 認できたので、後に示す「太陽」のTurkicの地図に追加することにした。
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 19 6.2 アジア言語地図の「太陽」の意味の総合図 図24 は「太陽」の意味の総合図である。動機づけの地図(motivational map)と 言ってもよい。「太陽」の基本的な意味についてみると、「太陽(sun)」の意味 のみであるのはトゥングース語族、モンゴル語族、ニヴフ語で、アラビア語もほ とんどがそうである。「日(day)」の意味はアジアの広い地域に分布する。「日 光(sunlight)」と「昼間(daytime)」の意味は「日」の近くにある。 図 23 アジア言語地図の言語・言語群 図 24 アジア言語地図 「太陽」の意味の総合図
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 20 語源的動機づけと考えられるのは、「空・天(sky, heaven)」「暑い(hot)」 「時間(time)」「山(mountain)」「神(god)」である。その語がもともとこれ らの意味をもっていたか、「太陽」を表す複合語の一部であったかである。 異なる語彙体系(categorical system)については 3例ある。韓国語では、「太陽」 を表す語が「日」ではなく「年」を意味している。アイヌ語の「太陽」を表す語は 「太陽」と「月」の双方を表す語に「昼」を表す修飾語がついた複合語である。モ ン・ミエン語族のある言語では「月」を表す修飾語がついた複音節語である。 6.3 アジアにおける「太陽」の様々な意味の分布 図25 は「 日( day)」を意味する語の分布である。東南アジア付近が特に密で、 ユーラシア大陸中央部から北辺にかけての広い範囲にも分布する。これらの語は 「太陽」と「日」の両義をもつので、多義(polysemy)ということになる。 図26・27 は、「日光(sunlight)」および「昼間(daytime)」を意味する語の分 布である。図 25 の「日」を意味する語の分布とほぼ重なるか、その近くに位置す る。図 28-31 は、語源的動機づけの分布である。「空、天(sky, heaven)」「時間 (time)」「暑い(hot)」「山(mountain)」の地図である。これらも図 25 の「日」 を意味する語の分布とほぼ重なるか、その近くに位置する。ヨーロッパ言語地図 にも「暑い」はあるが、フランス国内であり、アジアの分布と同様に、限定され た分布である。 多義の地域が、東南アジアを中心に、ユーラシア大陸から太平洋にかけて広く 分布することに注意したい。 図 25 アジアにおける「日」を意味する語の分布
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 21 図 26 アジアにおける「日光」を意味する語の分布 図 27 アジアにおける「昼間」を意味する語の分布 図 28 アジアにおける「空・天」を意味する語の分布
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 22 図 29 アジアにおける「時間」を意味する語の分布 図 30 アジアにおける「暑い」を意味する語の分布 図 31 アジアにおける「山」を意味する語の分布
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 23 6.4 アジアの言語・言語群ごとの「太陽」の様々な意味の分布 ここでは、言語・言語群ごとに、意味に注目した地図を示す。それぞれで起 きた変化の跡が読みとれる。 6.4.1 日本語と中国語 図32 は、日本語・中国語に注目した「日」を意味する語の地図である。日 本語で「日(ひ)」の分布が少ないが、漢語の「太陽」や敬語形の「おひさま」 「日輪(様)」などが回答語形の多くを占めるためである。中国語では、多義 のri は南部に分布するだけで、2音節語や擬人化された語が広い地域で使われ ている。日本語も中国語も、多義から単義へ変化したのである。 6.4.2 オーストロネシア語族 図33 は、「日」と「光」という意味の分布を示す。図 34 は、mata「目」と その複合語の分布を示す。図 34 の複合語の分布は図 33 の分布よりも新しい と考えられる。同じく、多義から単義への変化の跡が見える。 6.4.3 オーストロアジア語族 図35 は、「日」「空・天」「日・空・時間」「神」を意味する語の分布、図 36 は複合語の分布を示す。同じく、多義から単義への変化を示す。 6.4.4 クラ・ダイ語族 図37 は、「日」と「時間」を意味する語の分布を示す。図 38 は、「目」+ 「日」複合語の分布を示す。多義から単義への変化の跡を示す。 図 32 日本語と中国語における「日」を意味する語の分布
『地理言語学研究』 | Studies in Geolinguistics 5 24 6.4.5 チベット・ビルマ語派 図39 は「日・住む」「日光・明るい」「空・天・雲」「(日)没」を意味 する語の分布である。図 40 は、チベット・ビルマ語派の分布域の南東部にあ る複合語の分布の拡大図である。「目」を含む複合語はほんの少ししかなく、 ほとんどが「太陽」を意味する多様な語幹の組み合わせである。 図36、図 38、図 40 の複合語の分布を並べてみると、つながっていることが わかる。 図 33 オーストロネシア語族の「日」と「光」を意味する語の分布 図 34 オーストロネシア語族の「太陽」における「目」とその複合語の分布
福嶋「広域言語地図をどう読むか」 25 図 35 オーストロアジア語族における 「太陽」を表す語の意味の分布 図 36 オーストロアジア語族におけ る「太陽」を表す複合語の分布 図 37 クラ・ダイ語族における「太 陽」を表す語の意味の分布 図 38 クラ・ダイ語族における 「目」+「日」複合語の分布 図 39 チベット・ビルマ語派におけ る「太陽」を表す語の意味の分布 図 40 チベット・ビルマ語派にお ける複合語の分布