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Beyond the Dilemma of Open Data: Visualization Practices as Voluntary Social Impact Assessment

Usui, Takehiro

Abstract

This paper examines the procedural structure and ethical foundations of a visualization project that utilized the Population Census to map the distribution of individuals who did not complete compulsory education in Japan. While such visualizations offer potential as basic resources for understanding regional disparities in learning opportunities, they also risk misinterpretation and unwarranted stigmatization when contextual information is insufficient. Focusing on a project conducted by the Japan Society for the Promotion of Basic Education, this study analyzes three components of the visualization process: the presentation of statistical indicators, the attachment of contextual explanations, and the iterative discussions held in public learning sessions. The analysis demonstrates that successful visualization depends on two forms of legitimacy. The first is legal legitimacy, grounded in the protection of anonymity under the Statistics Act. The second is interpretive legitimacy, secured through contextual annotations, narrative adjustments, and opportunities for deliberation among practitioners. Taken together, these findings suggest that visualization can function as a voluntary form of social impact assessment, enabling practitioners to anticipate risks and enhance interpretability. The paper concludes by proposing a framework for visualization practices that aligns data openness with ethical responsibility and educational utility.

Full text

※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 オープンデータのジレンマを越えて——自主的社会的影響評価として の可視化実践 碓井健寛(創価大学) Ⅰ. はじめに 義務教育未修了者の状況把握は、学習機会の保障にとって基礎的な課題である。国勢調査 は、市町村単位で人口特性を継続的に把握できる統計であり、地域ごとの教育課題を理解す るための重要な情報基盤を提供している。本稿で扱う分布可視化は、この市町村単位の統計 を再利用して実施されたものである。 日本では、行政が保有するデータの公開・利用は、主として法令の遵守に基づいて判断さ れてきた。この「適法性モデル」は、統計法等により匿名性や秘匿基準が明確に定義され、 公開の可否を法的要件の充足によって決定する枠組みである。他方で、公開が地域社会に与 える影響や、文脈の欠落による誤解の可能性については、制度内部で体系的に検討する仕組 みが整備されておらず、判断が制度外に委ねられる場面も少なくない。こうした日本の制度 的特徴は、情報公開条例や官民データ活用推進基本法をめぐる議論においても指摘されて きた(田中・野田 2017, pp.21-33)。 欧州では、個人データ保護の一般規則である General Data Protection Regulation(GDPR) と、公共部門情報の再利用を定める Public Sector Information Directive(PSI 指令)に 基づき、行政内部で倫理的判断を制度化し、公開情報を「公共善」として扱う枠組みが整備 されている(高木 2013, pp.746-753)。 こ の 枠 組 み で は 、 デ ー タ 公 開 は 透 明 性 、 説 明 責 任 、 市民参加といった公共的価値と結びつきながら進められる傾向がある。日本の適法性モデ ルとの対照は、可視化をめぐる判断の位置付けを検討するうえで示唆を与える。 本稿が扱う国勢調査活用プロジェクトは、市町村単位の義務教育未修了者分布を可視化 し、その特徴を説明するために注釈を付して公表したものである。この可視化は、統計法の 秘匿基準に基づく法的正当性に加え、地域文脈の説明や数値の解釈、関係者との対話を通じ て、可視化がもたらす社会的影響を調整しようとする社会的正当性にも依拠していた。この ような制度外での判断や対話を伴う可視化実践は、市民参加を含む社会的実践として位置 づけられる(林 2015, pp.21-25)。 可視化には、個人情報保護や社会的文脈の欠落に伴う誤読の可能性など、一定の倫理的論 点が常に伴う。特定の地域が歴史的・社会的脆弱性と関連する場合には、可視化が不要な烙 印化を招かないよう、説明や注釈の付与が求められる。本稿は、この論点を「リスクそのも の」としてではなく、影響を調整するための説明責任と対話の実践として位置づける。 以上をふまえ、本稿の目的は、義務教育未修了者分布の可視化実践を、法的正当性と社会 的正当性の二層構造として再解釈することにある。分析の対象は、可視化手順に関わる作業 (統計値の提示、文脈情報の付置、公開学習会での記述調整)に限定し、プロジェクト内部 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 の意思決定過程には立ち入らない。可視化を単なる技術ではなく、制度の外側で行われた判 断や協働を含む社会的実践として捉え直すことで、国勢調査データの再利用が教育的・地域 的課題の把握にどのように寄与しうるかを明らかにする。さらに、この実践の検討を通じ て、学習機会保障の議論にどのような含意をもたらすのかを考察する。 本稿の構成は以下の通りである。第2節では、関連研究と日本・欧州の制度的背景を整理 する。第3節では、国勢調査活用プロジェクトの経緯と判断過程を検討する。第4節では、 説明責任・注釈・対話によって形成された社会的正当性を分析する。第5節では、可視化実 践の構造とその意義を整理し、第6節では、この二層構造が可視化にいかなる含意をもつの かを検討する。 Ⅱ. 市民が科学する権利と研究倫理の再定位 本節では、義務教育未修了者の可視化実践を評価するために必要となる、研究倫理・市民 参加・学習権に関する理論的背景を整理する。本稿で後に検討する「法的正当性」と「社会 的正当性」の二層構造は、統計制度の要件だけでは十分に説明できず、制度外で行われる対 話や文脈注釈、協働行為を含む社会的実践として理解する必要がある。そのため本節では、 まず市民参加をめぐる倫理的視座(2.1)を確認し、科学へのアクセス・参加を権利として 捉える議論(2.2)を取り上げる。つづいて、研究倫理を日常的実践として捉え直す関係的 アプローチ(2.3)を紹介し、最後に市民科学と学習権の連関(2.4)を検討する。これらを ふまえ、可視化の判断を二層の枠組みに再統合するための概念的基盤を示すのが本節の目 的である。 1. 「私たちが決める」倫理からの転回 Cascio et al.(2021)は、自閉症研究における倫理的エンパワーメントを、同意書の取 得に限定されない継続的プロセスとして再定義した。彼らは「person-oriented research ethics」を 提 唱 し 、研 究 参 加 者 が 自 ら の 生 を 方 向 づ け る 行 為 主 体 で あ り 続 け る こ と を 倫 理 の 中心に置く(pp.102-104)。 同 意 は 単 発 の 手 続 で は な く 「 プ ロ セ ス と し て の 同 意 ( process of consent)」 で あ り 、 研 究 の 設 計 ・ 実 施 ・ 成 果 共 有 の 各 段 階 で 参 加 者 が 意 思 を 表 明 し 続 け る こ とが求められる(pp.112-113)。 ま た 研 究 倫 理 を 「 everyday ethics」として再構成し、研究 現場での判断や感情を倫理の一部として扱う必要を説いている(p.120)。 この倫理観は、制度的な保護を超え、判断の主体を当事者自身に戻す試みであることが示 唆される。可視化においても、制度外で判断を下す市民や当事者が、どのように自らの倫理 を表現しうるかが問われる。Cascio et al.(2021)の議論は、その起点を与える。 2. 「私たちが科学する」権利の制度的基盤 Vayena and Tasioulas(2015)は、世界人権宣言第 27 条および社会権規約第 15条を踏ま え、科学に対する人権(Human Right to Science)の核心に「科学的過程への参加権」を位 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 置づける(pp.480-482)。 彼 ら は 、 市 民 を 成 果 の 受 益 者 に と ど め ず 、 科 学 の 形 成 過 程 に 能 動 的に関与する権利主体とみなす。この権利の実現には、国家や研究機関に対する積極的義務 が伴い、教育、資金、倫理監督などの制度的支援を通じて市民科学を促進する必要がある (p.482)。 Cascio et al.(2021)が示した「判断の内在化」に対し、Vayena and Tasioulas(2015) はその判断を「制度的外在化」として承認する。すなわち、個人の倫理的判断を社会制度の 文脈で正当化する枠組みを提示している。この転位により、研究倫理の問題は市民の判断に 閉じず、公共的な権利保障の問題へと拡張される。 3. 経験知としての市民科学の認識論 Strasser et al.(2019)は、「市民科学」を単一の概念ではなく、センシング、コンピュ ーティング、分析、自己報告、メイキングという五つの認識論的実践として整理する(pp.5458)。 こ れ ら は 、 科 学 的 知 識 が 専 門 家 の み な ら ず 、 地 域 に 根 ざ し た 市 民 や 当 事 者 に よ っ て 生 成されうる多様な経路を示すものである。著者らは、市民科学の民主化や教育効果への過度 な期待を戒めつつ、身体化された経験や地域知が科学的認識を拡張しうると論じている (pp.66-68)。 この枠組みは、Vayena and Tasioulas(2015)の「参加権」の理念を、実際の知識生産の 現場に引き寄せる。制度が権利を承認するだけでは十分でなく、その権利が経験を通して実 践化される過程こそが重要である。Cascio et al.(2021)の「日常的倫理」が判断の場を 支えるなら、Strasser et al.(2019)の「認識論的実践」は、その判断を知識へと転化す る場を描き出している。 4. オープンデータの共有基盤と制度的再構築 Murray-Rust(2008)は、科学データの再利用を阻む要因を「価格障壁」と「許可障壁」 に分類し、特に後者の除去が知識共有の前提であると指摘した(pp.2-3)。 論 文 や 補 足 情 報 に対する出版社の著作権主張が、事実データの再利用を妨げてきたことを批判し、クリエイ ティブ・コモンズ(CC-BY)や Open Data Commons のライセンス制度を通じて、データを公 共財として再設計する必要を説いている(pp.4-5)。 この議論は、Vayena and Tasioulas(2015)の制度的枠組みを技術的・法的に補強するも のであり、市民が科学的プロセスに参加し続けるための基盤条件を示す。Strasser et al. (2019)の「認識 論的 実践 」が生 み出 す多 様な 知識 も、こ うし た共 有基 盤の 存在 によ って 社 会的に循環しうる。データの再利用可能性を確保することは、倫理的判断を社会に開く条件 そのものである。 さらに、Open Knowledge Foundation による『オープンデータ・ハンドブック』(Open Data Handbook, n.d.)では、オープンデータを「誰もが自由に利用・再利用・再配布できるデー タ」と定義し、これを実現する条件として「利用可能性」「再利用と再配布の自由」「非差別 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 性」の三原則を掲げている。同ハンドブックは、データを「技術的に」だけでなく「法的に も」オープンにする必要性を強調し、知的財産権やライセンス制約を最小化した状態をもっ て真のオープン性とする立場をとる。 この定義は、Murray-Rust(2008)が指摘した知識共有の基盤条件と整合的であり、デー タの開放を倫理的・制度的課題として再定位する視点を補強するものである。 5. 倫理・制度・実践・基盤の接合としての可視化 四つの議論は、相互に独立した領域ではなく、可視化実践を多層的に支える関係にある。 Cascio et al.(2021) の「日常的倫理」は、可視化によって影響を受け得る当事者が、自 らの判断を形成し続けるための基盤であり、倫理を制度外に開く起点となる。Vayena and Tasioulas(2015)が論じる「科学への参加権」は、この個々の倫理的判断を制度的に承認 し、公共的な権利保障の枠組みへと接続する。Strasser et al.(2019)の「 認 識 論 的 実 践 」 は、その制度化された権利が具体的な経験知を通して実践化される場を描き、市民がデータ を読み解き、語り直す過程を支える。Murray-Rust(2008)および Open Data Handbook の 議論は、これらの実践が社会的に循環するための技術的・法的基盤を整え、知識共有を可能 にする条件を示す。 この連鎖は、個人の倫理(micro)、 権 利 の 制 度 的 保 障 ( meso)、 経 験 に 基 づ く 認 識 論 的 実 践(epistemic)、 知 識 共 有 を 支 え る 情 報 基 盤 ( macro)が相互に循環しながら、社会的判断 を形成する構造をなす。可視化はこの循環の接点に位置し、制度外で形成された判断を可視 化へと実装すると同時に、可視化によって生じる新たな理解や経験を再び市民の判断空間 へ還元する媒介点となる。 本節で示した四つの層は、次節で検討する「公共善モデル」と「適法性モデル」という制 度構造を読み解くための理論的座標である。すなわち、可視化を制度内部の技術的判断に還 元せず、制度外の倫理・経験・権利・基盤と接続された社会的実践として再定位するための 枠組みである。 Ⅲ. 制度的背景の比較(欧州と日本) 前節で整理した四つの理論枠組みは、可視化を「制度外の倫理判断」と「制度内の法的正 当性」が循環する実践として捉えるための基盤を提供する。 本節では、この二層構造がどのように制度によって規定されているかを、欧州の公共善モ デルと日本の適法性モデルの比較を通じて明らかにする。教育・社会分野におけるデータ活 用の現場では、制度設計そのものが判断の余地や再利用の自由度を左右するため、その政策 形成過程を把握することが不可欠である。 1. 欧州における公共データ利用の理念 欧州のオープンデータ政策は、PSI 指令(2003/98/EC、2013 改正)を起点として、行政 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 情報の再利用(reuse)を公共善形成の一部として制度化した(高木, 2013, pp.746-749)。 Open Data Handbook が掲げる「透明性・市民参加・経済価値」は、PSI 指令によって技術 的・法的基準として整備され、のちに GDPR によるデータ保護原則と連動することで、透明 性とプライバシー保護を統合する枠組みへと進展した。 2011〜2013 年の改訂期には、営利・非営利を問わず再利用を促す方向で制度が拡張され、 英国 data.gov.uk やフランス data.gouv.fr などのポータルサイトが整備された(高木 2013, pp.748-749)。 こ の 段 階 で 特 筆 す べ き は 、「 利 用 者 側 の 倫 理 」 が す で に 制 度 内 で 意 識 化 されていた点である。フランス政府は「再利用を容易にすることが公共サービスの質向上と イノベーション創出につながる」と位置づけ、再利用を「公共善形成の行為」として明示的 に評価している(高木, 2013, p.747)。 すなわち欧州では、データ再利用を単なる私的権利 ではなく、市民が公共善を分有的に担う社会的実践として制度的に組み込む設計思想が形 成されている。 2. 日本の政策形成過程 : 制度整備と理念の転位 日本の情報公開制度は 1970 年代以降の自治体レベルの制度化に始まり、「住民と行政の 信頼関係形成」を理念としながらも、実態としては請求主義によって「請求がなければ公開 されない」構造を維持してきた(田中・野田 2017, p.21)。 2012 年の「電子行政オープンデータ戦略」(総務省, 2012)は、日本のオープンデータ政 策の起点である。この戦略は、(1)公共データの積極的公開、(2)機械判読性、(3)営利・非 営利を問わない活用促進、(4)着手可能なデータから迅速に公開を原則として掲げ、欧州の PSI 指令の設計思想を導入した(高木 2013, pp.746-748)。 翌2013 年、G8(主要国首脳会 議 : Group of Eight)の「オープンデータ憲章」(G8 2013)を受け、公共データの原則公 開(open by default)が閣議決定された(外務省 2013)。 2016年には「官民データ活用推 進基本法」が施行され、匿名加工情報など新たなデータ類型が導入され、利活用と保護の両 立を目指した(e-Gov, 2025)。し か し 制 度 運 用 の 基 盤 は 自 治 体 で 脆 弱 で あ り 、福 岡 市( 2014)・ 横浜市(2014)な ど は 個 人 情 報 を 含 む デ ー タ の オ ー プ ン 化 を 見 送 り 、こ れ が 地 方 レ ベ ル の 制 度的な遅れとして現れた。 また経済産業省(2016)は リ ア ル デ ー タ 共 有 を 成 長 戦 略 と し て 位 置 づ け 、オ ー プ ン デ ー タ が「透明性のための公開」から「産業化の基盤」へと理念転位した。この転位は、田中・野 田(2017, p.23)が指摘す るよ うに、情 報公 開制度 と個 人情報 保護 制度のトレ ード オフ構 造 を解消しないまま進んだため、「適法性の確保」が目的化し、市民的判断の余地を縮減した。 結果として、日本の政策では「適法利用=倫理的利用」という前提が温存され、利用者に よる社会的影響評価が制度外に置かれている。これは、欧州モデルが利用者の倫理を制度内 部に組み込む構造を持つことと対照的であり、可視化が属する判断空間を狭める要因とな っている。 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 3. オープンサイエンスに向けて 同時期、研究データの公開をめぐる議論も進展し、内閣府(2014)はオープンアクセス・ オープンデータ・シチズンサイエンスを三位一体の概念として整理した(pp.1-3)。 ここで 研究データ公開の原則、利害調整としてのエンバーゴ、研究データの社会共有といった論点 が提示され、日本の研究データ政策の方向性が初めて体系化された。 4. 比較的小結――公共善モデルと適法性モデル 欧州モデルは、データ再利用を公共善形成の行為として制度化し、利用者の倫理を制度内 部に組み込む構造を持つ。対して日本モデルは、適法性確保を中心とする行政モデルであ り、公開の可否も社会的影響の評価も制度内の行政判断に委ねられ、利用者の判断は制度外 に置かれる。 両者の差異は、データを「社会的共有財」とみなすか、あるいは「行政情報の二次利用対 象」とみなすかという認識の違いとして現れる。前者では、利用者が公共善の形成に参画す る主体として位置付けられ、倫理的判断が制度内に取り込まれる。他方、後者では、利用者 の行為は法令遵守の範囲に限定され、社会的影響の評価は制度外に置かれる。この構造差 は、次節で扱う社会的影響評価の設計原理を規定する基盤であり、可視化という実践がどの ような判断空間に属するのかを理解するうえでも核心的な意味を持つ。 Ⅳ. 可視化における評価設計――制度外で生成される社会的正当性の枠組み 1. 評価概念の射程 前節までの検討から、日本のオープンデータ政策は情報公開法と個人情報保護法の均衡 を前提とする「適法性モデル」に依拠し、可視化に伴う社会的影響の評価を制度外に委ねて きた。統計情報の地域単位での可視化では、匿名性が確保されていても、地域イメージの固 定化や不必要な社会的烙印が生じうる。 本節でいう「評価設計」とは、この制度外の領域において、研究者・実践者・市民が自ら の発信行為を検証するための協働的枠組みである。ここでは、制度内の法的判断では扱いき れない社会的影響を、参加者の対話と経験に基づいて検討する。 2. 適法性モデルの限界と PIA の位置づけ PIA(Privacy Impact Assessment)は、GDPR 第35条で義務化された制度内手続であり、 主眼は「個人情報処理の高リスクを制度内で可視化し、法的適合性を担保すること」にある。 しかし、地域単位の可視化で問題となるのは、法的匿名性を満たしていてもなお生じうる 社会的影響であり、これは PIA の制度的射程には含まれない。つまり、PIA は「適法であ れば正当」とする制度内思考を温存し、社会的受容性の評価を制度外に押し出す構造を持 つ。 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 3. 社会的影響評価(SIA)との接続可能性と限界 SIA(Social Impact Assessment)は、本来、開発事業等が社会に与える影響を検証する ための枠組みであり、個人情報処理とは別の系譜にある。SIA は、制度外の社会的影響―― 文脈依存の解釈、烙印化リスク、地域感情への影響――を扱う点で、可視化の課題との類似 性がある。しかし、SIA は一般化された手法であり、本稿が対象とする「教育実践に基づく 可視化の倫理」とは必ずしも一致しない。 本稿では SIA を理論の主軸として採用しない。扱う範囲は「制度外の社会的影響を扱う 既存の例として比較的に参照する」という最小限にとどめる。 4. 制度外における社会的正当性のモデル Cascio et al.(2021)(everyday ethics)、 Vayena and Tasioulas(2015)(科学参加の 権利)、Strasser et al.(2019)(協働的実践)、Murray-Rust(2008)(共有基盤)に基づき、 制度外の領域で社会的正当性が生成されるプロセスを次のようにモデル化できる。 第一に、可視化の判断は制度化されず、現場での経験・対話・了解に依存する(倫理的判 断の分散性)。第二に、データ利用の正当性は、当事者がどの程度参加し、自己決定できる かに支えられる(当事者性の組み込み)。第三に、可視化の表現・注釈・文脈化は、研究者 と市民の共同作業として形成される(協働的検証の実践)。第四に、透明性・再利用性を担 保しつつ、実践者が反省的に更新できる「共同の基盤」が必要である(再利用可能な共有基 盤)。 このモデルは、PIA の制度内思考、SIA の一般化された外部評価のいずれにも属さない。 制度が扱いきれない倫理的判断を、市民科学的な実践としてどのように内在化しうるかと いう課題に対する一つの応答である。 5. 小結――ボトムアップの公共性の確立 制度内の評価枠組み(PIA)では扱いきれず、SIA は一般理論にとどまる。他方、本稿が 提示する枠組みは、可視化に伴う社会的影響を、制度外での対話と協働のなかで自律的に調 整しようとするものである。可視化の公共性は、制度によって「保証される」のではなく、 関係者が制度外で共有する反省的実践の中で生成され続ける。 次節では、この枠組みがどのような実践として立ち上がっていたのかを、国勢調査活用プ ロジェクトの事例から検討する。 Ⅴ. 事例分析 : 国勢調査活用プロジェクトにおける可視化実践の構造 本節では、国勢調査活用プロジェクト(添田ほか, 2025)の可視化実践を、前節までに整 理した二層構造(法的正当性/社会的正当性)および四つの理論的視座(Cascio et al., 2021; Vayena and Tasioulas, 2015; Strasser et al., 2019; Murray-Rust, 2008)と照 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 合しながら検討する。 本稿の独自性は、制度が扱いきれない倫理的判断を、市民科学的実践としてどのように内 在化し得るかを、具体的な地域データ可視化を通じて分析する点にある。ここでは、可視化 の設計(5.1)、 注 釈 に よ る 社 会 的 正 当 性 の 生 成 ( 5.2)、 公 開 学 習 会 に お け る 検 討 作 業 ( 5.3) を順に整理し、二層構造の実践的運用を示す。 1. 法的正当性の確保――非識別性と地理的単位の選択 国勢調査活用プロジェクトの可視化設計では、市町村別集計を用いる方法を採用した。町 丁・字レベルの再集計は行わず、公的統計が設定する標準単位をそのまま用いた。この判断 は、統計法第36条および第 41条に基づく非識別性の確保を前提とし、公開可能な地理的 粒度を制度上の基準に沿って限定するものである。 可視化に際しては、Microsoft Excel の条件付き書式を用い、義務教育未修了者数および 未修了者率を色の濃淡で表示した。統計値について再計算や補正は行わず、国勢調査が提供 する市町村単位の値をそのまま用いた。この処理は統計値を加工せずに提示することを目 的とした技術的判断であり、可視化に表れる差異は統計値の分布を反映するものである。 義務教育未修了という現象は、居住経緯、学習機会、就労状況、家庭環境など複数の要因 が重なって生じるため、地図はそのすべてを示すものではない。可視化は、統計が示す事実 を確認し、背景に存在する条件を検討するための基礎資料として位置づけられる。 この設定は、Murray-Rust(2008)が論じたデータ再利用における技術的・法的条件の確 保と整合し、制度が認める粒度での公開を通じて再利用可能性の基盤を整える行為として 理解できる。また、Vayena and Tasioulas(2015)が述べる科学的過程への参加を支える制 度的前提とも接続し、市民が制度の定める範囲内で統計情報にアクセスできる入り口を構 成する。 本節で扱った点は公開可能な範囲の設定に関する手続であり、公開の影響に関わる社会 的正当性の判断は次項以降で検討する。 2. 文脈注釈による社会的正当性の生成――誤読抑制と理解深化 本プロジェクトでは、地図を単独で掲載するのではなく、地域史、社会背景、人口構造な どの文脈情報を併置する方法を採用した。これは、自治体間の統計値の差異を単純に比較す るのではなく、義務教育未修了という現象を地域の歴史的・社会的条件と併せて把握できる ようにする手続である。 統計値に示される差異には、学習機会へのアクセス、移住歴、就労状況、居住年数、地域 の教育資源の分布など、複数の要因が関与している。添田ほか(2025)のレ ポー ト作 成方 針 は、科研の公開学習会での検討作業を通じて整えられ、都道府県レポートの執筆者が地域状 況を整理する前提として用いられた。統計値を提示する前段階で地域状況を把握するため、 可能な範囲で文脈情報が記述された。 ※本稿は投稿前の草稿段階にある論⽂です。内容・表現は今後の査読・議論を通じて修正さ れる可能性があります。2025 年 12 ⽉ 10 ⽇現在 この方法は、Cascio et al.(2021)が述べる継続的な判断を含む研究実践と関連づけて 整理でき、統計値そのものの加工ではなく、理解を補うための手続として位置づけられる。 文脈情報の付置は、可視化結果を利用する際に必要な前提条件を明確にする作業であり、都 道府県レポートにおける記述手続と連続している。以上の点から、文脈情報の付置は、可視 化を構成する主要な作業の一つであり、5.1 節で扱った統計値の提示方法と、次項で検討す る公開学習会での調整過程を接続する役割を担う。 3. 可視化における法的正当性と社会的正当性の構造 本プロジェクトでは、統計法に基づく匿名性の確保と、国勢調査利用規約に沿った加工・ 集計手続きにより、地図としての可視化が法的に成立している。これらは、統計データを公 表するための制度的要件であり、可視化の基盤としての正当性を与えるものである。 一方、都道府県レポートの作成過程では、地域の実践者や研究者が、地図に示される統計 値を地域の状況と照合し、記述を調整する作業が行われている。この作業は、制度的な公開 要件とは別に、可視化が社会において理解可能な形で受け止められるための前提を整える 役割を果たしている。可視化の内容が地域の生活史や教育資源の偏在といった文脈に依拠 して解釈されるためには、このような文脈情報の整理が不可欠である。 以上の点から、可 視 化 が 単 に デ ー タ を 表 示 す る 技 術 的 操 作 で は な く 、社 会 的 な 読 み 替 え を 可能にするプロセスであることがわかる。地 図 は 、公 表 さ れ た 後 に 地 域 の 経 験 と 照 合 さ れ 、 さまざまな主体が状況を再評価するための契機となる。この意味で、可視化は制度的な公開 手続きと、社会側での解釈・評価の往復によって成立していると位置づけられる。ここでい う「社 会側 」には 、基礎 教育 保障 の実 践に 関わ る幅 広い 主体 が含 まれ 、特定 の個 人や 集団 に 限定されない。 以上のように、可視化には (1)法制度に裏づけられた公開可能性(法的正当性)と (2)社会文脈との往復的な調整によって担保される理解可能性(社会的正当性) の二つの層が存在する。両者は相互に独立ではなく、可視化を地域の教育課題への理解につ なげるためには、後者の働きが前者を補完している。 4. 小結――法的正当性と社会的正当性の接合 本節では、国勢調査を用いた可視化の実践を、統計値の提示方法(5.1 節)、文脈情報の 付置(5.2 節)、公開学習会の検討作業(5.3 節)の三点から整理した。これらの作業は、可 視化を技術的な処理として完結させるのではなく、公開可能性と理解可能性を両立させる ための連続的な工程として位置づけられる。 可視化が制度上許容されるためには、統計法に基づく匿名性の確保や利用規約に沿った 加工手続きなど、公開のための条件が満たされている必要がある。一方で、公開された可視 化が地域の状況を理解するための資料として機能するためには、文脈情報の整理や公開後